米作りのスタッフ達

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種まきまでの作業

塩水選 egg

 今は種子を購入していますが、ちょっと前までは自家採取した種子を、塩水選して充実した種子を選別していました。塩(食塩:NaClか硫安肥料:NH4SO4)を生卵が浮く位の濃度(比重1.13)に溶かして、籾を投入撹拌し、沈んだ種子を種もみとして使いました。昔の人の知恵です。自家用に一部塩水選をしたりします。塩水選した籾や購入種子は播種10-14日ほど前に浸種します(10℃以下の井戸水に)。種まきの2日前になりましたら、水温を上げて促芽処理(28℃に一晩)をします。

タフブロック  催芽処理の時に、エンドファームでは微生物(タフブロック)を使った種子消毒を兼ねます。タフブロック(Talaromyces flavus)は、農薬成分としてカウントされない有機JASに適合した生物農薬ですが、この微生物の懸濁水を28℃まで昇温して種もみの催芽処理をします。芽がちょっと出かかって膨らんだ籾(ハトムネ状態という)になったら、水から出して水蒸気に包まれた状態で根出しをします。根は、水が十分にあると伸びないので、根が水を求めて伸びるように水飢餓状態を作り出します。この処理にもう一晩かけます。翌日、ようやく播種作業となります(催芽もみの写真は根まで出させた状態です)。

Water_bath Controller Seed_dip Budding

 昔から苗作り8分と言われるように、健苗育成はとても重要です。そのために、種子を選び鳩胸状態まで催芽、根だしを行って、ようやく播種となります。今は下の写真のような育苗箱に播種して苗を育てる箱育苗という技術が主流ですが、戦後「保温折衷苗代」という画期的な技術がありました。長野県の農家によって保温折衷苗代が開発され、寒い春先早くイネの苗を育てられるようになりました。その結果、収量が増加して戦後の食糧難を救うのに大いに役に立った、という話があります。農業機械化の波が始まると、機械で苗を植えやすいように、今は30x60cmの箱が共通規格となっており、私たちもこの箱にびっしりと種をまいて苗を育てます。

土つめ 種まき1 種まき3

 大きな農家は、ベルト上を流れる箱に土を詰め、種子をまき、覆土をする一連の作業を行える自動種まき機を使っていますが、私ども小さな農家は、開発初期にできた手回しの簡単な機械で種子を蒔いています。播種前後の箱に土を詰める、覆土をする作業は手作業です。近所の年寄(一部の方を除き、自分は含めて)の労働力で十分足りるので、ボケ防止のために労働力をお願いしています。いつまで続けられるかわかりませんが、生きて体が動く限りお願いしますと、皆さんに声をかけています。皆、生き生きと楽しんで作業をするので、予定より早く終わるのが常です。

Soil_covering お茶

 蒔いた種は、ビニールハウスに並べた箱の中で葉っぱ3-4枚ほどが出た時期(2.8-3.5葉期)まで育てます。この間約3週間~1か月毎日ハウスの温度・肥培管理と水やりです。温度管理はビニールハウスの横を開けたり閉めたりして調節します(近代的なよそのビニールハウスは自動で開閉)。葉の色を見て液肥をコントロールします(一升瓶から800倍に希釈してくれる簡単な器具で)。田んぼに出す1週間前位にケイ酸カリウム(K2SiO3)液を希釈して苗と土に持たせます。試験場の研究結果で、苗に与えると田んぼで与える量よりはるかに少なくて同等の効果(ケイ酸が細胞壁を強固にするのと抵抗性誘導効果があるので、病害に強い)が得られるようです。事実、この方法でイネを田んぼで育てていますが、いもち病の農薬は散布しなくても大丈夫です。

Yagi family 太田2名 Masako Shizuko 平置き 緑化

 このメンバーでいつまでやれるか疑問ですし、私も皆さんも年を重ねてゆきます。一方、今の日本では老齢化の解決策として、機械化・大型化の方向を向いています。正しい答えはないでしょうが、このあたりの年寄は、米作りとともに人生を歩んでこられた方が多く、仕事を全く取り上げられる寂しさには耐えがたく、多少大変でも仕事をやっている喜びが笑顔を生み、自分を含めて認知症予防だと思っています。私たちは自分を筆頭に年寄をこき使ってゆこうと思っています(笑)。

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本田の準備&田植え

田植え2 荒代かき

本田の準備

 苗の準備と並行して、本田の準備が始まります。春耕起(ロータリー耕)、荒代かき、本代かき(ドライブハロー)と最低3回トラクターで土を整えてゆきます。代かきは水の力を利用して重い土を動かし田面を平らにする作業で、昔の人の知恵が窺がえます。

田植え

 田植えは4条田植え機です。育てた苗を箱から出して機械にセット、機械爪で人の指のようにチョンチョンと稲を植えてゆきます。苗を爪でかきとって、田んぼの面に爪がゆくとピストンで押し出しながら、泥に植えます。ちょっと前の機械は、爪が1つで手を真似たゆっくりのチョン-少しして-チョンでした。今は回転しつつ2つの爪が高速で植えてゆきます。こんな繊細な機械化のアイデアはまさに日本人だなと思います。芸術品に思えます。

箱洗い えぶり 機械植 田植え1

 田植えはその昔から一大行事で、機械の補助(手番)は重要な作業です。空の育苗箱を洗ったり、田植え機がターンする時にできる大きなタイヤ址(轍:わだち)をエブリ(均し板)できれいにする作業などがあります。今の田植え機は自分のつけた轍を均す装置が付いていますが、隅々などえぶりできれいにしてもらうと、でこぼこが消えて一層きれいです。手植えをしていたその昔は、エブリなしでは田は平にならないので、特に重宝された発明品でした。私の父親が、手づくりのえぶりを力をいれずにシャカシャカと動かして、みるみる均平を作っていた事を思い出します。ちなみに、私はへたくそです。

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稲生育期の管理

補植作業1 5月の田 補植作業2 補植作業3

 田植え後に、欠株が出た場所(数%の確率で出ます。また機械トラブルで植わらないなど)に、手植えをしてきれいに植わったように修正したりします。最近は、やらない農家も増えてます。大規模農家や老齢化が進んだ農家などです。泥田んぼを歩くのは結構重労働で、コツも必要です。昔の人は、植わった田をきれいに見せたいという気持ちと、1株でも多く植えるとたくさん収穫できると思っていたようです。しかし、面積当たりの栽植密度(分げつ=茎数)は一定になる(最終収量一定の法則)傾向があるので、空いた空間の横の分げつが増えて補います。結果的に収量に影響するほど大きな空間がなければ大丈夫です。

 田んぼでの初期生育期に、ドロオイムシやイネミズゾウムシの被害があるので、これも育苗箱に殺虫剤(アドマイヤーCR粒剤を規定より少なく30g/箱)を与えます。1か月位害虫を押さえますが、その後若干被害は観察されます(この事から、残効性は1か月位と考えられますので、籾ができる時期には残っていないであろうと推察しています)。病害虫防除は出穂まで、これだけです。

動力噴霧器

 田植えが終わると、除草剤を散布し、本田の水管理が始まります。同時に伸び放題だった草刈り作業に取り掛かります。6月~8月の出穂までに2-3回刈りますので、これは重労働です。クボタの草刈り機(スパイダーモア)2台と刈払い機3台を使い分けての作業です。写真は、4-5mある土手の草刈りです。ロープでコントロールして4-5mを刈り下げます(メーカーには内緒の危険行為ですので、マネしないように)。隅とか水口などは刈払い機で仕上げます。

草刈り作業 刈払機 草刈り部隊 草刈り後の土手

田面ライダー

 ここ仁科の里あたりでは、5月に田植えをして8月の初旬に出穂するのが一般的です。エンド・ファームのイネも、周りの人たちと同じように生育させています。生育盛期に軽く田の水を抜き溝切をします。水が田面に均一に広がるようにと、秋の収穫時の落水がうまくゆくようにです。エンド・ファームの溝切機は名前が違いますが、「田面ライダー」という冗談のような製品名のついた溝切機もあります。うまい命名だと思い、我が家の溝切機も「偽田面ライダー」と呼ばせてもらっています。

 イネは、出穂の1ケ月ほど前に分げつ(茎数)が最高(最高分げつ期)となり、続いて穂の原型を作ります(幼穂形成期)。この最高分げつ期に無駄な窒素分を切って(田んぼの水を干す)、新たな窒素( N)分を補う肥料(穂肥)を与えるのが、松島省三さんのV字型稲作理論です。松島さんは長野県生まれで、日本作物学会では有名な方です。V字型でなくても、米の食味は収穫時の窒素(N)量と逆相関するので、穂肥の量とタイミングは味を決める要素として重要です。コシヒカリの場合、幼穂長1cm以下でNを追肥すると倒伏しやすいようなので、穂肥のタイミングは1cm幼穂長です。N量は、葉色でわかります(葉色診断)。エンド・ファームではSPADという葉色測定器で測定して、十分の数値(25.0以上)だとN分は追肥しません。代わりに過リン酸石灰を与えています。最近は、プラスチックのカプセルに包埋した肥料分が温度で溶け出すように工夫した「一発肥料」というものが主流になり、穂肥の作業をしなくてもよい田んぼが増えていますが、空のカプセルが用水路に流れ出す問題も指摘されていますので、使わないようにしています。

幼穂 SPAD イネの開花 ナイアガラ

 この地域では、8月初旬~中旬に出穂します。しばらくすると穂が傾く(傾穂期)ので、この頃カメムシの防除をします。防除しないとカメムシの吸汁痕が黒く残るので、お客様がいやがります。しかし、黒い吸汁痕は外観品質を低下させるだけで味には影響しません。この防除が収穫前の最後の大仕事となります。防除薬はキラップ粉剤で、動力噴霧器の先にナイアガラと呼ばれる長いビニールダクトを付けて2人協力して散布します。キラップは、一応ネオニコチノイド系ではないことになっていますが、ミツバチには影響します。ミツバチに影響しなくてカメムシに効く殺虫剤があればいいと思いつつ使っています。後は「おいしい米になりますように」と運を天にまかせるしかありません。

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収穫そして玄米調整

コンバイン運搬 収穫 志津子 吐き出し

 収穫はコンバイン君の出番です。刈り取り部はバインダーの技術がベースです。立穂を地際から上に上にかき上げて、鋸のようなギザギザ刃が地際でカットし、かき上げられたイネは脱穀機(運転席左)にチェーンで送られます。コキ胴(脱穀機の回転部)を通過するうちに籾がバラバラと取れて、運転席後(右側)のタンクに貯められます。田んぼの角は刈り取りが苦手な機械なので、補助者(Mz Shizuko T.)が手刈りします。

 タンクがいっぱいになると、畔際に待ち受ける軽トラ君の荷台にある籾運搬機に籾を吐き出します。3条刈のこの機械だと3回吐き出すと約10a(1反)分です。軽トラ君は2回吐き出された籾を一度に運び、乾燥機に投入して、また田んぼに戻ります。軽トラは350kg積なので、この量だと、本当は重量オーバーかもしれません。おまわりさん大目に見て。

乾燥機 乾燥機風 穀物温度

乾燥機君は、熱風(50℃位)を底部で噴出しています。籾には直接熱風があたらず、上下に循環させていますので、穀物表面の温度は20℃~30℃位で、外気の通風くらいの温度を保ち、籾水分が18%になると3-4時間熱を止めて休ませよくなじませます。そして再度表面温度25-28℃位で水分14.5-15%まで仕上げます。

 乾燥が終わった籾はストッカーに吐き出されます。写真ではわかりにくいですが、乾燥機の左、籾摺り機の上にあるのがストッカーです。約3反分(軽トラ君が3.5台分)が一回の乾燥で仕上がりますが、その乾燥機2杯分を貯められます。3haを収穫するのに、計算上は10日ですが、実際には雨が降ったりすると(穂が濡れていると、どんなにりっぱなコンバインでも脱穀部-タンクのどこかが渋滞して詰まってしまいますので、”下町ロケット”のTVはまちがいです)収穫できません。ストッカーに貯めれば、そんな時にまとめて籾摺りができて便利です。

玄米調整

籾摺り機 篩 籾摺り 30kg運び 玄米積

 通常は夕方と朝にストッカーの籾を籾摺りして、玄米調整(1.80-1.85mmメッシュ)します。ハカリで30.6kgを自動計量し、紙袋に詰め積んでおきます。玄米はラクダ君が腰の高さまで持ち上げてくれます。30kgを腰の高さまで上げてくれるシンプルな機械なのですが、30kg袋を500袋/シーズン何回も扱うと、腰の負荷が大きく痛めやすいので、とてもありがたい相棒なのです。仮積してから、出荷・土蔵貯蔵に再度ハンドリフトで移動します。

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収穫後の作業ー次年度用土つくりの始まり

もみ殻つり上げ もみ殻

 籾摺り機は、もみ殻を外して玄米にしますので、もみ殻を集めます。もみ殻ストッカーを作ればいいのですが、場所と値段の問題でヌカロンという袋取りでやってます。籾摺り中に、貯まった玄米の紙袋を上の写真のように交換しますが、その合間にいっぱいになるヌカロン袋を交換するので、作業が重なるとちょっと大変です。機械トラブルがない事を祈りつつやってます。

もみ殻散布

 貯まったもみ殻は、基本田んぼに戻しています。もみ殻には、イネが吸ったケイ酸がたっぷり含まれており、イネが吸収しやすい形(水溶性)のケイ酸に近いのではないかと考えてます。収穫後に、田んぼにケイ酸カルシウム(ケイカル)という資材(近年は、ケイ酸を植物の必須元素とカウントする事が増えていますが、その場合は肥料)を散布しますので、もみ殻を散布すればケイ酸資材投与効果になりますし、「田んぼからもらった米以外はなるべく田んぼに戻す」をモットーにするエンド・ファームの理念に合致すると思っています。トラクターの燃料(軽油)と経費削減効果をハカリにかけると、必ずしも削減効果にならないので、悩みではあります。
 ヌカロン袋をコンパネ板と単管で組んだ積み出し台に運びます。重いので、250kgまで対応のホイストで吊り上げて、自作の散布機(ブロードキャスター上に溶接した鉄枠を組んで寒冷紗で囲んだ)に3袋位を積み込みます。
そのまま田んぼまで走って、ブロードキャストで散布します。なかなかの作業機だと自負しています。トラクター君が頑張ってくれてます。

肥料散布

 籾散布が終わると、自家製の部分を取り外した本来のブロードキャスターに戻し、土壌改良剤の散布、トラクターでのロータリー耕起へと続きます。年内に雪が降らなければ秋耕は終了しますが、早めに雪が降ったり寒くなったりしたら、残りは春に回してその年の作業を終わりにします。
 年が明けて、梅やリンゴ、ナシなどの剪定が終わり、2月も半ばを過ぎると春めいてきます。3月の声を聞くと季節にあ合わせた体がうずうずしてきます。春耕起が始まり、桜の花が咲くころには水田に水を引き、代かきが始まります。そして、種子準備とともに新しい年の稲作が始まるのです。

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畑のスタッフ

管理機

管理機

 畑を大きく耕すにはトラクターが活躍しますが、畑の中で畝を作ったり、いろいろな野菜用のベッドを仕上げたりするには小型管理機(クボタ)の出番です。正転に加えて逆転もできるロータリー刃なので優れものです。逆転は、草をかき取るのに便利です。草をざっとかき取った後で、正転に切り替えて深く耕します。この間に施肥や有機物の混入もできます。肥料等を混和して野菜用のスペースができたら、若干浅くセットしなおして、畝たてをします。管理機の後ろのカバーに細工がしてあって、簡易的に畝ができます。クボタ女性社員のアイデアだと聞きました。ちょっとした便利さを備えているので重宝しております。

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昔ながらの機械、でも現役で働いています

足踏み脱穀機

足踏み脱穀機

 昔の機械ですが、足踏み脱穀機君は現役です。日本の脱穀の発達は、その昔地面などに穂をたたきつけるか槌などで叩いて籾を外す原始的なものに端を発し、扱箸(こきばし)と呼ばれる大型の箸で穂をはさんで扱く道具を経て、江戸時代に発明されたと言われる千歯扱きへと継承されます。近代的な機械として登場したのは足踏み脱穀機です。写真のように針金を埋め込んだ円筒形のこぎ胴を人力で回転させ、そこに穂を押し付けて籾を外す原理です。籾が飛び散らないように、カバーをかけて、種子取り用の脱穀に使います。コンバインでもよいのですが、内部を開けてきれいにクリーニングする手間よりも、特に少量を扱う場合はかえって足踏み式が楽です。

唐箕

唐箕

 足踏み式だとゴミも一緒に脱穀されてしまうので、振り分けるのに風で選別する唐箕を使います。最近は足踏み式も唐箕も金属製のものを売っていますが、おじさんの形見の木製唐箕君に働いてもらっています。写真中では人の陰になっていますが、回転式の風起こしを手で回し、右から左に風を送ります。充実した籾は重いのであまり飛ばず、ゴミや未熟な種子は遠くに飛ぶので、充実した籾を受けてゴミなどと振り分けます。風の強さを人力で調整できますので、豆、麦、ゴボウなど様々な種子選抜にも使えて便利です。

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